映画 「月」鑑賞記録

初投稿です。<(_ _)>

この度、池袋シネマロサにおいて宮沢りえさん、磯村勇斗さん主演の「月」を見てきました。2016年に実際に起きた相模原障がい者施設殺傷事件をモデルにしたこの映画ですが、もちろん準備はしてたものの、やはりズドンと”心”に残る重い映画でした。以下、感想です。

 障がい者に対する考えのみではなく、昨今「親ガチャ」ということばで語られる、人間が産まれたときに与えられるものに対してどう接するかということについて、広く問題提起を起こしている映画である。人間は出自を選べず、もって生まれたもので日々を生きなければいけない。それは、持つ者の集団にとっては楽園で、大半が属する持たざる者の集団にとっては地獄の世界を作り上げてしまう。もちろんそうした、生まれた階層によって生き方が決定されたり、不当な扱いを受けたりするなどの問題は遠い昔から存在していた。昔に比べたら差別の少ない公平な社会になっているのかもしれない。Factfulnessが示すように世界は徐々に良くなっているのは事実だろう。また、研究などによって、この世界がどれだけ不公平な社会であるかというのが示されてきている。2023にノーベル経済学賞を受賞したクローディアさんの、いかに女性がglass ceilingによって不当な扱いを受けているかを明らかにした研究はその最たるものであろう。こうした研究が出てくるのは歓迎すべきことであるし、こうした隠れた事実を明るみに晒し、それを政策決定にも活かし、持つ者も持たざる者も幸せに生きられるような社会になると望ましい。
 話を映画に戻すと、サトくんが入居者を殺す際、丁寧に、丁寧に「あなたは心がありますか」と聞いてから事に及ぶシーンがあまりにも印象的である。彼は間違いのないよう、彼が人間だと看做さない、意思疎通のできない患者にのみ凶器を振り上げていく。まるで行政の手続きであるかのように。そう、劇中で彼の口から述べられている通り、彼は国のために事を行っているのである。実際、劇中で、彼は利他主義的で無私の人間として描かれているように思う。殺害も自分のためではなく、社会のため国のため、殺されていく人たちのために行っているのである。ある寝たきりの患者を殺す際には「かわいそうに」という言葉さえかけている。まるで悪意のない新しいタイプの犯人像がここに出来上がっている。
「かつてあったことはこれからもあり、かつて起こったことはこれからも起こる。太陽の下、新しいものは何ひとつない。」
何事も時とともに風化してしまうが、この言葉を胸に、考えることを辞めてはならない。

最後まで読んでいただきありがとうございます。
良い一日を!